第20回 実は

 

第20回 実は

 


「実は……というほどのことでもないのですが、夫は単身赴任が6年も続き、娘は徒歩圏とはいえ嫁いで5年、息子と二人暮らしが長かったのですが、その息子も1月末に一人暮らしをするために家を出て、2月の頭から「人生初の一人暮らし」をしているところでして。
気楽と言えば気楽なのですが、息子が出て行ってしばらくはご飯を作る気がせず、出来合いのお惣菜で済ますことが増えました。
それに飽きると今度は鍋物の連続。野菜もたっぷりとれるし、毎日新しい具を足していけば変化もつくし……1か月ぐらいして、ようやく「何か作りたい」と思うようになり、最近は少しずつ台所に立つ時間が増えてきました。
生まれて初めて「自分のためだけに作るご飯」は家族の好みを考慮せず、好き勝手に作れるのでそれはそれでなかなか楽しいです!
野菜をいつでも簡単にとれるように、と野菜の簡単漬けをはじめました。今冷蔵庫にあるのは「長いもの梅酢づけ」と「かぶの梅酢&梅サワー漬け」、「いろいろ野菜のピクルス」。(毎年青梅を酢と砂糖で漬け、うちではそのドリンクを梅サワーと呼んでいます)蒸したニンニクの酢漬けは発想にありませんでしたが、今日、作ってみようと思います。」

 

 長い付き合いの仕事仲間からのメールです。いいでしょう?
しっかりした家族のカナメ、いいお母さんだったんだろうなあ。
気持ち、すごくよくわかるよ!うんうん、と大きくうなづきながら読みました。

 

 私は、くっついたり離れたりを繰り返しながらも長いひとり暮らし、子供もいないし状況はまるで違うのですが、よーくわかるっ、すごくよくわかるよっ、と思いました。
なんだか現代版<女の一生>を見ているみたいな気がしちゃった。感動しちゃった。

 

 家族のためのご飯を作りつづける。初めは結婚したての二人暮らしかしら、子供が生まれて母乳かミルク、生まれたての赤ん坊のすごくいい匂い、ミルクの甘い匂いを嗅ぎながらおしめを替えたりして、おしっこにもうんちにも慣れていく。離乳食が始まって、かぼちゃを食べた、卵を食べた、ご飯を食べた、歯が生えた。少しづついろいろなものを食べてもらって、食べてもらえなくて、その度ごとに喜んだり苦労したりしながら、年齢に合わせて食べられるものを変えていく。幼稚園はお弁当かな、夫は料理を作ってくれる人だろうか、それとも掃除係かな、何もしてくれないなんてありえないけど、あんまりきれい好きすぎて細かく言う人も嫌だなあ。

 

 広がる広がる妄想。
料理家、長くやってきました。お弁当も子供受けのする料理の数々も、家族で囲む鍋料理も酒の肴も、女の子と一緒に作るバレンタインチョコも、成長期男子の好きなガッツリ食べ物も、安いも早いも旨いも全て網羅して参りました。その度に、いろいろなキッチンにいるいろいろな作り手たちの暮らしを想像してきました。そんな中、ようよう同年代の女たちが子育てを卒業して<自分のためのご飯を作る>状況に出会いました。

 

 お疲れ様です。もう、家族の健康も時間のやりくりも考えなくっていいんですよ。
長く会社勤めをしてきた人の定年というのも、こんな感じなんでしょか。子供たちの学校の卒業だったら、次のステップに飛び出していくみたいな感じだけれど、大人の卒業はもうちょっと、<寂しい率>が高いんでしょうか。未来を見るというより、残りの時間を計算しながらの、新しいステージに上がる感じ?

 

 ふと思い出しました。大好きだった料理の師匠の阿部なをさんは、一緒に住もうというお子さんたちのお誘いを断って、80歳の一人暮らしでした。

「もし子供たちと一緒に住むとするでしょ?ゴミ出しは絶対私がするんじゃないかっていう気がするのよ<笑>。これまでずうっと子供たちを面倒見てきたんだもの、もう一人で好きに住むわよ。」

 


そんなふうにおっしゃって、私、いいなあ、と思ったのです。みんなを育ててきて育てられてもきて、それを卒業して、自分のために生きる。自分を養うために料理を作る、素材と向き合ったり、いろいろ思い出したりして、ちょっと笑ったりうるっとしたり。
 一人づつの女たちよ<男たちよ>、お疲れ様、自分を大事に、全うする気持ちとともに楽しんで参りましょ!

 

 

 

 

次回は、2022年4月中旬更新予定です。お楽しみに!