第19回 「とりあえず」の買い物をやめる、の巻。

 

第19回 「とりあえず」の買い物をやめる、の巻。

 

 「とりあえず」と思って何かを買わないようにしたいという話、または私の料理道具の話です。

 

 仕事が料理の私のところには時々、<おすすめ料理道具>に関しての取材がきます。
少し前だったらかっこいい道具が出てきそうな感じでした。車のメーカーが作った電動のペッパーミルとか、美しいデザインの鍋などね、ヤカンはケトル、フライ返しはターナーとか言ったりして、<やかんでいいやんかねー>って思ったりしてました。どんなに最新インテリアの超モダンキッチンでも、インスタントラーメン煮たりしなくちゃいけないしね。

 

 道具ってやっぱり等身大が一番良いなって思います。等身大、自分の暮らしにちょうどいい、みたいなこと。
このあいだ私、某紙のアンケートに菜箸をおすすめしました。私にはもう一生これをつかって生きていく、と思っている菜箸があります。この菜箸が作られなくなったら、料理家をやめる、と豪語しちゃうくらい思い入れてます。

 

 菜箸、100均でも売っている。長さの違う3組、上の方に三色の縞模様の色つけ。これ、日本中どこのキッチンにもあるんじゃないかしら。安いですよね。
撮影仕事でいく、キッチンスタジオにも時々ありました。これが、めっぽう使いにくかった。真っ直ぐであるべき箸なのにあちこち向いて歪みやすい。具材をつかみにくい、混ぜにくい。柔らかいので折れやすい、燃えやすい。火のそばにおくせいで、何回か火が移ってしまったこと、あります。
比して私の菜箸、いやもう使いやすい。100均菜箸に比べたら10倍近いお値段、決して安いものではないけれど、考えてみたら台所にいて一番よく使うものです。私の手の延長、私の気持ちを素材に伝えるもの。歪んでいたらつたわらない。

 

 おりしも今、友人から段ボール一箱分の土佐文旦が届きました。毎年の喜び、いい香りがします。私そそくさと、柑橘の皮むき器を取り出しました。柑橘の皮を剥くためだけの道具、以前どなたかからいただいたものです。村のおじいいちゃんが作っているのだそう。竹を削って、柑橘の皮の厚みと同じ高さの突起を埋め込んだ道具。まるまるとした文旦に突起を刺して十文字に切り込みを入れてから、皮を剥く。ナイフで切り込みを入れるより安心で、皮だけ上手に切れて実まで届くこともなく柑橘に金気もうつらない。

 

 おじいちゃんの柑橘愛が伝わってくる、そしてシンプルな作りだけれど、きっちりとと作られた道具。これ、西洋の国だったら胡桃割りみたいな道具になるだろうなあ。必要から作られた道具、手を使って作られた道具。この馴染みの良さってなんだろう。

枝元さん_第9回

 <とりあえず>で買うもの。安いものだから、古くなったら新しく買い替えればいいしね、そう思って台所に招き入れる。でも、使いにくいなあ、と毎度毎度思いながら使わなくちゃいけない。そして捨て時、替え時も迷うのだ。
例えばピンクや水色のざるやペカペカ曲がるフライ返し、調味料ケースなんかのプラスチックもの。少しもお気に入りってわけじゃないのに捨てるほどダメになるわけじゃない。

 

 長く台所で暮らしてきて、ああ、これが好き、これがあってよかった、これを裏返す時はこのへらが一番いいのよ、なんて思いながらやってきた。それぞれの道具に、他人から見たらどこが違うのかわからないようなところに、小さな信頼がある、愛情がある。<仲良し>なんですよ、私と細々した道具たち。助っ人、とも仲間とも思える。支えてもらってる。
本当にありがたいなあ。

 

 

 

 

 

次回は、2022年3月中旬更新予定です。お楽しみに!