第13回 安全安心フェイク

 

第13回 安全安心フェイク

 

 

 友人が野犬の仔犬を引き取って育て始めた。野犬=野良犬。保護された場所から家に連れ帰ってきて、だんだん落ち着いていく様子の報告を興味深々で聞いている。ちなみに友人宅、もう1匹いる犬も保護犬だし、2匹の兄弟猫も里親探しさんのところからやってきた。犬2匹、猫2匹、人間1人の野性味あふれる暮らしだ。
最初は部屋の隅とかベッドの下とか、どこにいるのかわからない場所に逃げ隠れしていた野生の仔犬も、日々のご飯をもらううちに他の仲間たちや飼い主に少しづつ慣れて気を許していく。
ここにいてもいいのだ、という思いが顔を変える。
不信感いっぱいの目をして固まっていた氷が溶けて顔に表情が出てくる。不思議だ、何を考えているかはわからない、その<考え>だって人と犬では同じわけがないのに、生き物同士、生きている今この瞬間に感じている不安や意思や希望みたいなものは、わかる。<気がする。>

 

 私の代々の猫たちも保護猫だ。今私がPCを打つテーブルの上でお腹を上に向けて右に左にごろごろしている猫のきぃは8歳。3歳でやってきた時は、キャリーからだした途端に廊下を走り抜けて隠れ、その後約2週間ほとんどどこにいるかわからなかった。隠れた尻尾だけが見える洗濯機の前にカリカリをおく、ベッドの下の角におく。少しづつ居間に近づけて、ようやく出てくるようになった。一度は開いたままになっていたドアから出て、階段をおり続けてマンションの外に出ちゃったこともある。電柱に迷い猫のチラシを貼り、近所を訪ね歩いて1週間ほどたったころ、大きな鼠取りみたいな捕獲器を知り合いがかけてくれた。見回りに行った夜、見事捕獲!捕獲機の中で<カゴの猫>になっていたきぃは、怯えのあまり身体中の毛が逆立って、2倍くらいの大きさに見えた。
「ありゃー、違う猫がかかっちゃったよー、どうしよう。」慌てるわたし、そこへもう1匹の飼い猫が呑気な様子でやってきて、「あれ、どしたの?おかえりー」とばかり、匂いを嗅ぎ始めた。
「えっそうなの?あれ、家なの?私、家に帰ってきたの?」きぃ、逆立っていた毛が一気にしぼんだ。吊り上がっていた目に平和の色が広がった。<ような気がした。>

 

 安心、って安らぐ心、って書くのだ。犬たち、猫たち、人間たち。安全だと思えたら安心するのだ。
でも、もう何十年も前から聞き飽きて信じられなくなっている言葉でもある<安全安心>。だって偉い人たちは必ず言っていたもの、話の最初にくっつける枕言葉なんだと呆れてもいたのだ。最近はさらに上乗せして、呆れるどころか怒りを通り越してしまった<安全安心>。そんな言葉、受け取るのさえ拒否したいくらい「はぁ?うっせぇわ!」の爆発状況だ。

 

<私は今、子供たちに大人気の<うっせぇわ>という歌が大好きなんです。>

 

 だって、ありえないでしょ。今のこのコロナ感染爆発の状況下で、此の期に及んで<自助>でしのげ、と言ってるんですよっ。感染力半端ないデルタ株を自宅療養で、だなんてああもう、ああもう!家族中に広がるのは、素人だって爆わかりでしょ。ふざけんなっ、菅政権および小池都知事、あったまおかしんかっ!<丸々と肉づいたその顔面に✖️>*うっせえわ、より。

 

コロナ禍でのオリパラに反対していらした青木正美医師が、「感染して患者さんが自宅でひとり亡くなるなんてあってはならないんです!」とおっしゃっているのを聞いて、1人暮らしで病気持ちの私はまじ、泣いた。
私たちの命を気にかけてくれる人がいることのありがたさに泣いた。そのくらい私たち、放置されているじゃないか。利権や立場を守るために汲々としているくせに大きな嘘をついて国民の命を全く考えないフェイクな<安全安心>のもとで、私たちの生き死にが木の葉一枚の軽さに扱われている。

 

もうさ、こんなこと、やめにしなくちゃ。
選挙に行かなくちゃ。変えなくっちゃ。
安心を私たちが作らなくちゃ。

 

 

 

 

 

次回は、2021年9月中旬更新予定です。お楽しみに!